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福岡地方裁判所 平成9年(行ウ)31号 判決 1998年8月27日

原告

藤瀨武

右訴訟代理人弁護士

荒木邦一

田邉宜克

安武雄一郎

被告

厚生大臣

宮下創平

右指定代理人

星野敏

外三名

主文

一  被告が平成九年九月三〇日付けで通知した(厚生省収健政第三七一号)平成八年七月二日、同年一二月二日及び平成九年四月一日付けで申請のあった柔道整復師法第一二条に基づく柔道整復師養成施設の指定についてはこれを行わない旨の処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

主文同旨

第二  事案の概要

本件は、原告の柔道整復師養成施設指定申請に対し、被告が右指定を行わない旨の処分をしたことから、これを不服とする原告が、右処分は違法であるとして、その取消しを求めた訴訟である。

一  争いのない事実等

1  柔道整復師について

(一) 柔道整復師とは、被告の免許を受けて、柔道整復を業とする者である(柔道整復師法(以下「法」という。)二条一項)。

(二) 柔道整復の業務は、打撲、捻挫、脱臼及び骨折に対して外科手段、薬品の投与等の方法によらないで、応急的若しくは医療補助的方法によりその回復を図ることを目的とするものである。

(三) 柔道整復師の免許は、柔道整復師試験(以下「試験」という。)に合格した者に対して、被告が付与することとされ(法三条)、試験の受験資格は、学校教育法五六条の規定により大学に入学することのできる者で、三年以上、文部大臣の指定した学校又は被告の指定した柔道整復師養成施設(以下「養成施設」という。)において解剖学、生理学、病理学、衛生学その他柔道整復師となるのに必要な知識及び技能を修得したものに限られる(法一二条)。

(四) 養成施設の指定

(1) 養成施設の指定を受けようとするときは、設置者はその所在地の都道府県知事を経由して、被告に対し、申請手続をしなければならない(柔道整復師学校養成施設指定規則(以下「規則」という。)二条)。なお、学校の指定を受けようとするときは、文部大臣に対し同様の手続をしなければならない。

また、養成施設の指定基準は、規則四条に定められている。

(2) 関係団体の同意書の添付

平成元年九月二九日付け厚生省健康政策局長通知「柔道整復師養成施設指導要領について」(以下「指導要領通知」という。甲五)によれば、都道府県知事は、養成施設の設置計画書の進達に際しては、関係団体(社団法人日本柔道整復師会の都道府県段階の組織及び都道府県知事において必要と認めた団体)の同意書を添付することとされている。

なお、社団法人日本柔道整復師会は公益法人であり、その組織数において当業界において全国で最多の団体である。

2  本件の経緯

(一) 原告

原告は、養成施設である福岡柔道整復師専門学校(仮称。以下「本件施設」という。)の設立代表者である。なお、本件施設は、規則四条に定められた指定基準を充たしている。

(二) 第一次申請

原告は、福岡県内において養成施設を設置することを計画し、規則二条に従い、平成八年七月二日、平成一〇年四月一日設置予定の本件施設に係る「柔道整復師養成施設指定認可申請書」を福岡県知事宛に提出した(以下、右申請書の提出を指して、「第一次申請」という。)。

(三) 本件審議会の開催

平成八年一〇月二一日、第一次申請を受けて、法二五条により養成施設の指定に関する重要事項を審議することとされているあん摩、マッサージ、指圧、はり、きゅう、柔道整復等審議会(以下「本件審議会」という。)が開催された。本件審議会では、次の二点を理由として、第一次申請を認めることは適当でないとの意見が出された(乙四)。

(1) 新設の必要性の不存在

養成施設は、昭和四八年以降新たな設立はされていないが、柔道整復師の従事者数は相当増加してきている状況にあり、従来の養成施設と同様の施設を新たに設立する特段の必要性が見い出し難いこと。

(2) 関係団体等の反対意見

福岡県から、柔道整復師について不足しているとの認識になく、将来的にも不足する状況にないとして、養成数の増加を招く今回の計画は不適切である旨の意見が出されており、また、福岡県の意見書にもあるように柔道整復師の関係団体からも反対の意見が提出されていること。

(四) 健康政策局長の通知

平成八年一〇月二八日付け厚生省健康政策局長の健政発第九二八号「柔道整復師養成施設の指定申請について」との書面をもって、原告に対し、養成施設としての指定を行わない方針である旨の厚生省健康政策局長の通知(以下「指定申請通知」という。甲三の二)がされ、福岡県知事から原告に送付された。

(五) 第二次及び第三次申請

原告は、同年一二月二日、再度指定認可申請書を福岡県知事宛に提出した(以下、右申請書の提出を指して、「第二次申請」という。)ところ、被告から正式な回答が得られなかったため、平成九年四月一日、本件施設の設置予定日を平成一〇年四月一日から平成一一年四月一日に変更した上で、重ねて本件施設にかかる指定認可申請書を提出した(以下、右申請書の提出を指して、「第三次申請」といい、第一次ないし第三次申請を総称して「本件各申請」という。)。

(六) 原告は、第二次申請に当たり、全国柔整鍼灸協同組合九州支部支部長、同組合理事長、JB日本接骨師会理事の各同意書を得て、これを添付している(甲七ないし九)。

(七) 福岡県私立学校審議会の答申

平成九年一月二八日に開催された福岡県私立学校審議会において、本件施設の専修学校としての設置認可についての第一次審議が行われ、第二次審議に移行することにつき支障はないとの意見となり(甲一七)、右審議会は、右意見を同年二月三日付けで福岡県知事に対し答申した(甲一八)。

(八) 公正取引委員会からの要請

被告は、平成九年七月七日付けで公正取引委員会から、養成施設に係る被告の指定の運用について、法令に具体的な根拠のない需給調整を行うことは競争政策の観点から極めて問題であるので、このような運用を行わないよう要請を受けた(乙五)。

(九) 本件審議会の再開催

本件審議会は、平成九年九月一二日付けで次の意見を提出した(乙六)。

(1) 養成施設の指定に当たり、法令に具体的な根拠のない需給調整を行うことは競争政策の観点から極めて問題であるとする公正取引委員会からの要請は、昨今のあらゆる分野での規制緩和、自由競争化という傾向から理解できる。

(2) しかしながら、国民に適切な医療を提供する体制を整備することは医療行政の重要な柱であり、この観点から医療従事者の適正な需給を図ることが求められており、柔道整復師の養成に関しても医療保険を含む医療制度の今後の方向をも念頭に置いて議論を行う必要があると考えられる。

これらのことに加え、埼玉県知事及び福岡県知事の意見も参考としながら、今般、競争政策の観点を含め、改めて議論したものであるが、昨年の意見を変える必要はないとの結論に達したものである。

(3) よって、速やかに適切な措置をとるべきである。

(一〇) 目本件処分

本件各申請に対して、被告は、平成九年九月三〇日付け書面(厚生省収健政第三七一号)をもって、「平成八年七月二日、平成八年一二月二日及び平成九年四月一日付けで申請のあった柔道整復師法第一二条に基づく柔道整復師養成施設の指定についてはこれを行わない」こととし(以下、右の指定を行わなかった行為を指して「本件処分」という。)、その旨を原告に通知したが、本件処分の理由として、以下の点を挙げている(甲一の二)。

(1) 柔道整復師の従事者数は相当増加してきている状況にあり、養成力の増加を伴う施設を新たに設置する必要性が見い出し難いこと。

(2) 本件審議会から本件申請に関して「認めることは適当でない」との意見書が提出されていること。

3  柔道整復師の従事者数等について

(一) 全国の柔道整復師の従事者数の推移は、昭和四五年が六九七四人、平成六年が二万六二二一人、平成八年が二万八二四四人であり(乙一)、平成六年の数は、昭和四五年の数の約3.67倍、平成八年の数は昭和四五年の数の約4.05倍である。

(二) 福岡県の柔道整復師数

本件施設の設置が予定されている福岡県における柔道整復師の従事者数は、昭和五五年当時一九三人であったが、平成六年には六三五人に増加しており、一五年間に約3.29倍に増えている(甲二の三)。

(三) 人口との対比

(1) 平成六年七月作成の統計表によると、柔道整復師一人当たりの人口は、全国平均が四九八三人であり、都道府県別では、東京都が二一三八人、福岡県が八五〇八人であり、人口一〇万人に対する柔道整復師数は、全国平均が20.1人であり、都道府県別では、東京都が46.8人、福岡県が11.8人であった(甲一〇)。

(2) 平成八年末の時点における人口一〇万人に対する柔道整復師数は、全国平均が22.4人であり、都道府県別では、東京都が54.2人であるのに対し、福岡県14.1人、佐賀県12.8人、長崎県16.5人、熊本県6.8人、大分県14.4人、宮崎県13.5人、鹿児島県14.3人、沖縄県5.1人、鳥取県5.5人、島根県9.9人、岡山県11.0人、広島県12.2人、山口県9.9人、徳島県16.5人、香川県25.6人、愛媛県8.2人、高知県26.1人であった(甲一一)。

(四) 整形外科医師数

(1) 平成六年の全国の整形外科医師数は二万一六六一人であり、昭和四五年の一万一〇〇人の約2.14倍となっている(乙二)。

(2) 平成六年末における人口一〇万人に対する整形外科医の数は、全国平均が12.5人であり、都道府県別では、東京都が13.7人、福岡県が16.8人であり、沖縄県を除いた中国、四国、九州地方の各県における数は、全国平均のそれを上回っている(乙三)。

(五) 柔道整復師養成施設

現在指定を受けている養成施設は全国で一四校(入学定員数の合計は一〇五〇名)あるが、その内六校は関東地方に、三校は近畿地方に存在し、九州、中国、四国地方には養成施設が一校もない。養成施設の新設は、昭和四八年から現在まで一校も認められていない。なお、文部大臣の指定を受けた学校はない。

(六) 試験実施結果

受験者数 合格者数

合格率(パーセント)

平成五年度 一〇六六人 九六三人

90.3

平成六年度 一一九四人 一〇五九人

88.7

平成七年度 一二一三人 一〇〇五人

82.9

平成八年度 一二七六人 一〇六三人

83.3

平成九年度 一二九六人 一一三七人

87.7

平均 86.4

二  争点

本件処分の違法性の有無

三  争点に関する原告の主張

1  被告の裁量について

(一) 養成施設の指定基準は、規則四条の一ないし一六号に示されており、本来右各号記載の要件が充足されれば、被告による養成施設の指定がなされるべきところ、一2(一〇)記載の本件処分の理由は合理性を欠くのみならず、規則記載の要件以外の要素を判断に取り込むものであって、違法である。

(二) 法及び規則の趣旨に照らせば、法で試験の受験資格を被告の指定する養成施設で「解剖学等柔道整復師となるために必要な知識及び技能を習得したもの」に限定し、規則で養成施設指定の要件を定めたのは、柔道整復師が医療の一翼を担うものであり、国民の健康を確保するため、免許が与えられ得る者は、一定水準以上の学校又は養成施設において必要な知識及び技能を習得した上で試験に合格した者でなければならないという考え方に基づき、その養成施設の教員水準の維持、向上を図り、相応の施設設備を有する環境を確保することにある。

また、原告には、憲法上職業選択の自由が原則として認められているのであるから、右自由を制限することになる前記養成施設の指定の条件としては、規則に定められた基準を充たすことで足りるというべきであり、右基準を充たす以上は規則の要件を充たすか否かの判断につき、それ以外の事情を考慮することは許されない。

(三) 私立各種学校の設置認可要件についての法的規律の構造(学校教育法・私立学校法と各種学校規程)が、養成施設指定の要件についての法的規律の構造(法と規則)とパラレルな関係にあることからしても、その法律解釈として右私立各種学校の設置認可要件の解釈と同様に解すべきであるところ、学校教育法は、四条で同法一条所定の学校(以下「一条校」という。)の設置について監督庁の認可を要すると定め、八三条二項でこれを同条一項の各種学校に準用し、私立各種学校にあっては、同法三四条、私立学校法四条二号、六四条一項及び五条一項一号により、都道府県知事が右認可の権限を有している。右各種学校の設置認可の実体的要件については、学校教育法及び同法施行規則を受けて制定された各種学校規程が、各種学校の施設、設備、教員組織等について定めているのみである。

一条校における教育は、教育基本法六条にいう公の性質を持つものとして国が相当程度その運営に関与することが同法及び学校教育法上予定されているのに対し、各種学校における教育は学校教育法上これと明確に区別されている。

すなわち、学校教育法が、これを設置できるものを国、地方公共団体及び学校法人に限定するとともに(同法二条一項)、各学校の種類ごとにその目的、性格、修業年限、組織編成等について体系的に規定しているのに対し、各種学校については、同法の規則中に規程を置き、設置認可等一条校に関する若干の規定を準用するほか、必要な事項は監督庁がこれを定めるものとしており(同法八三条)、設置についての人格上の制限もない(各種学校には同法二条の準用はない。)等、一条校に比べ、その取扱いには格段の差がある。

したがって、学校教育法及び各種学校規程の趣旨に照らせば、各種学校の設置等を監督官庁の認可に係らせたのは、その教員水準の維持、向上を図ることによって、そこに学ぶ生徒の教育を受ける権利を実質的に保障することにあると解され、さらに、憲法上職業選択の自由が原則として認められ、また、公の性質を持つ教育にあっても私学教育の自由が一定限度認められることにかんがみれば、少なくとも私立各種学校に関する限り、その教育活動は原則として自由と解されるから、設置認可を受けるための条件としては、学校教育に類する教育を行うもので、原則として各種学校規程に定められた基準を充たすものであることをもって足りるというべきであり、同規程に定める要件を充たすか否かの判断につき、各種学校に学ぶ生徒の教育を受ける権利を実質的に保障するとの観点から知事に一定の裁量権があることは当然であるが、それ以外の事情を考慮することは許されない。

(四) 法は、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律(以下「あん摩等法」という。)と共通性を有するところ、あん摩等法一九条の反対解釈によれば、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師(以下「あん摩マッサージ指圧師等」という。)の養成施設の認定の可否は、同条の場合を除いては、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師に係る学校養成施設認定規則の認定基準のみに従ってなされることになる。

右の考え方は、規則による養成施設の指定についても妥当するものであるから、右指定は、規則の基準のみに従ってなされるべきである。

(五) したがって、柔道整復師の需給を勘案し、試験の合格者を調整する必要から、被告において養成施設指定の裁量権を有するとの被告の主張は失当である。

2  本件処分の理由である養成施設新設の不必要(前記一2(一〇)(1))について

(一) 柔道整復師の従事者数は漸次増加する傾向にあり、このことは、国民の柔道整復師に対する需要の増加を裏付けるものである。そして、このことは決して増加の必要性を否定するものではない。

柔道整復師の数が増大することは、そのサービスを受ける国民にとっては、住居の近隣に複数の柔道整復師が存在することになり、その施術内容その他医療的サービスの内容により、柔道整復師を選択できることとなり、利益になることはあっても、不利益になることはない。しかるに、被告は、昭和四八年以降、養成施設の指定を一切行っていない。

(二) 福岡県等の九州地方やその近隣の地方においては、柔道整復師の供給は不足している。

(三) 既存の養成施設が地域的偏在状況にある結果、九州、中国、四国地方において柔道整復師を志す者に著しい不利益が生じており、これらの地域における柔道整復師の供給難をもたらしている。

指導要領通知が、養成施設開設予定地域の柔道整復師関連団体の同意書の添付を求めているのも、養成施設が存在する地域を中心として柔道整復師数が一層増加することを当然の前提としているからである。

したがって、本件各申請に基づき、養成施設が新設されたとしても、柔道整復師数が増加するのは、福岡県を中心とした九州地方及び近隣の中国・四国地方においてのみである。

他の大学・専修学校は、九州地区にも多く存在するのに対し、養成施設は一校もなく、九州において、柔道整復師試験の受験資格を取得することは不可能な状況にある。九州及びその近隣地域在住の柔道整復師志望者は、近くとも大阪まで行かなければならず、また、定員の関係で東京や東北にまで行かなければ受験資格を得られない実情にあり、その不便たるや計り知れないものがある。

また、養成施設は、当該地域の柔道整復師の研修研鑽の場を提供する核となるものでもあるが、この意味でも、九州及びその近隣地域においては不利益を被っている。

このように、本件施設の設置の必要性、合理性は極めて大きく、これに反する前記一2(一〇)(1)の理由は合理性に欠けるものである。

(四) 柔道整復師の資格は、国家試験によりその合格者に与えられるものであるところ、柔道整復師の全国的な増大の有無は、直接的には、毎年の合格者数(合格定員)に連動するものであり、養成施設の数(受験者数)によるものではない。

本件施設の定員は一二〇名であり、この在校生全員が試験を受けたとして、平成九年度の受験者数に右数を加えると一四一六名となり、右数に年平均合格率86.46パーセントを乗じると合格者数は一二二四名となり、不合格者数は差し引き一九二名となるが、右不合格者数は、平成九年度のそれよりも三三名増加したにすぎない。

また、本件施設新設によって受験者総数に対する合格率の変動を来すことがあるとしても、その範囲に止まる以上、その指定を行わないのは、明らかに既存学校の権益の保護のみに偏った不合理な措置といわざるを得ない。

(五) 万一柔道整復師の合格率に大きな変動をもたらさないことが必要であるとしても、そのためには、既存学校についての定員の変更割り替えを行えば解消する問題であって、これを一切行えないとするのは、やはり既存学校の権益の保護以外に何らの理由も見出せない。

(六) 柔道整復師の過剰、過当競争について

人口一〇万人に対する柔道整復師従事者数が全国平均を上回っている都県において、柔道整復師の経営の著しい不安定化、施術の低下の招来、適切な医療体制への支障が発生した事実はない。

(七) 柔道整復師数と整形外科医数について

(1) 仮に、柔道整復師の過剰、過当競争を生む水準は、被告の主張するように、整形外科医の数、地域の社会状況等様々な観点から総合的に判断されるべきであるとしても、柔道整復師は過剰、過当競争の現状にはなく、かえって、中国、四国及び九州の各地域においては、柔道整復師の数は不足している。

(2) 柔道整復と整形外科とは、医療目的に重複するところがあるとしても、治療・施術の基本的な考え方や手法は異なっており、また、現実の患者への対応、親しみやすさにも差異がある。

(3) 人口一〇万人に対する整形外科医数が全国平均を上回っている都県においても、なお、全国平均を上回る柔道整復師が存在し、現にその業務に従事している。しかし、被告が過剰、過当競争の弊害と主張する経営の著しい不安定化、施術の低下の招来、適切な医療提供体制への支障の発生は認められず、整形外科医及び柔道整復師の総数(供給)に対応した医療提供を求める患者数(需要)が存在する。

3  本件処分の理由である本件審議会の意見(前記一2(一〇)(2))について

本件審議会の構成員は、本件各申請を審議するについて到底公正な判断を期待できるものではなかった。すなわち、本件審議会の構成員は、日本理療科教員連盟会長、日本医師会常任理事、全国療術師協会副会長、全国柔道整復学校協会会長、日本盲人会連合副会長、明治鍼灸大学大学院教授、日本鍼灸師会会長、国立身体障害者リハビリテーションセンター総長、東京都立文京盲学校長、医事評論家、獨協大学教授、日本柔道整復師会会長、前全日本鍼灸マッサージ師会法制局長の一三名であったが、そのうち、医事評論家及び獨協大学教授を除いた一一名はいずれも、既存の柔道整復師を構成する団体及び柔道整復師の業務と近接、関連する業種の代表者であり、柔道整復師の増加によってその属する団体所属員に不利益をもたらすと判断し、これに異を唱えることは容易に推認しうるのであって、到底公正かつ合理的な判断は期待し得ない。

4  既存の権益の保護のための被告の判断

福岡県知事の意見書に添付された社団法人福岡県柔道整復師会の意見は、根拠・理由を示すことなく本件施設の設置に反対しているものであり、本件処分は、社団法人福岡県柔道整復師会の意見書のみに依拠してなされており、不合理である。

また、指定申請通知によれば、「地元の柔道整復師団体からも設置に反対する意見が出されており、設立後の円滑な運営が懸念されること」が不指定の理由の一つとして挙げられているが、不合理である。

したがって、被告の判断の根拠は、既存の養成施設の権益の保護、既存柔道整復師の権益の保護以外には存しない。

事業者の参入に当たり、当該事業分野の既存事業者又は団体の同意を得ることを求める行政指導は、これにより、当該既存事業者が共同して、又は事業者団体が、参入の同意を拒否することにより新規参入を断念させ、当該事業分野の事業者の数を制限し、又は参入しようとする事業者の事業活動を不当に制限する条件を付することになり、独占禁止法(三条、八条一項一号、三号)に該当する違法な行為である。

四  争点に関する被告の主張

1  被告の広範な裁量

(一) 知識、技能の一定水準確保の必要性

法一二条が柔道整復師試験の受験資格を制限しているのは、柔道整復師が医療の一翼を担うものであり、国民の健康を確保するため、柔道整復師の免許が与えられ得る者は一定水準以上の学校又は養成施設において必要な知識及び技能を修得した上で試験に合格した者でなければならないとの考え方によるものである。

(二) 受験者数調整の必要

また、医療従事者については、「医療の……向上を図る」(厚生省設置法五条三〇号)観点から、需給を勘案した適正数の確保を図ることを医療行政上の重要な政策課題としており、医療法に基づく医療計画(医療法三〇条の三)や、医師、歯科医師等の需給予測を通じて、その政策の実現を図っているところであるが、柔道整復師の養成についても、当然、柔道整復師の施術に対する国民医療の需要を勘案しながら適切に行われるべきであり、例えば、柔道整復師の過剰が発生した場合、過当競争により、経営の不安定化及び施術の質の低下を招き、適切な医療提供体制の確保に支障を生じる恐れがあることから、試験の受験者数を調整する必要があるのであり、受験資格取得の対象となる学校又は養成施設は、こうした観点も含めて文部大臣又は被告の指定に係らしめることとされているのである。

(三) 社会政策立法の性格

柔道整復師については、大正九年、按摩術営業取締規則の一部改正により免許等の法制化がなされたが、これは柔道整復を行う者の救済のための社会政策立法としての性格が強く、戦後の昭和二二年に新憲法の下で、あん摩、はり、きゅう、柔道整復等営業法(同法から分離制定されたのが法である。)が制定された際の国会審議においても、あん摩、はり、きゅう、柔道整復等営業法は、右規則の社会政策立法としての性格を引き継いだものであることが確認されている。

(四) 被告の広範な裁量

以上の観点から、養成施設の指定については、被告の広範な裁量に委ねられているのであり、法の上では指定の要件は何ら定められておらず、規則において規定する基準はその例示であって、被告の判断は当該基準によってのみ行われなければならないものとはいえない。

(五) 学校教育法における各種学校の認可との関係

右各種学校の認可と法における学校及び養成施設に対する指定とではその法的性質が異なり、医療従事者としての柔道整復師の養成は、国の医療政策と深く関わるものであって、公の性質を有する。

すなわち、柔道整復師に一定水準以上の知識・技能を確保する必要、試験の受験者数を調整する必要があり、さらに、法は社会政策立法としての性格が強いから、需給調整の必要が特に高い。

かかる観点からすると、養成施設の法的性質については、学校教育法上の各種学校というより、国の政策と深く関わるという意味においては、かえって同法一条に定める学校に近いものと解されるのであって、このように、国の医療政策と密接である以上、養成施設の指定については、被告の広範な裁量に委ねられている。

したがって、規則において規定する基準は、その例示であって、被告の判断は必ずしも当該基準によってのみ行われなければならないものではない。

(六) あん摩等法一九条との関係

同条は、視覚障害者にとって、あん摩マッサージ指圧師が適職として選択できる重要な職業と解され、特に、視覚障害者の職域優先を図る必要があると認められることから、これを立法上明確にした規定であるに過ぎず、認定又は承認に当たって他の要素を考慮してはならないとの趣旨までを含むものではない。

したがって、法にこのような明文がないことをもって、養成施設の指定について、規則のみに従って指定の可否を決すべきことの根拠とすることはできない。

2  本件処分の合理性について

(一) 本件処分理由第一(養成増の不必要性)について

(1) 柔道整復の業務目的は、医師(整形外科)による診療と重複するものであって、柔道整復師の需給については、整形外科医の状況も勘案する必要があり、中国、四国、九州の各地域における整形外科医の従事者数は平成六年末の時点で全国平均を上回っている以上、当該地域において柔道整復師の養成増を図る特段の必要性は乏しい。

(2) 柔道整復師の従事者数の適正な水準を維持するために試験の合格者数を限定し、学校及び養成施設の卒業者の多数を不合格とすることとすれば、学校又は養成施設を卒業したものの免許が取得できない者が続出し、これらの者は、時間と費用の多くを無駄に費やしたこととなり、大きな不利益を受けることとなる。このため養成施設を指定するに当たって、柔道整復師の従事者数の増加傾向を考慮することは、十分合理性がある。

(3) 柔道整復師の従事者数については、歴史的経緯により地域的偏在はあるものの、全国的にみて、従事者数が著しく増加しており、柔道整復師の養成力の実質的な増加を伴う施設を新たに設置する特段の必要性は認められない。

なお、他の大学や専修学校等も大都市に多く存在しており、決して当該養成施設のみに顕在する不利益とはいえないものである。

(二) 本件処分理由第二(本件審議会の意見の考慮)について

(1) 被告は、本件審議会の意見を尊重しなければならない。

(2) 本件審議会の構成員のうち、既存の柔道整復師を構成員とする団体を代表する委員は、全国柔道整復学校協会会長及び日本柔道整復師会会長の二名のみであり、柔道整復師の業務と近接、関連する業種を代表する委員として、日本医師会常任理事、全国療術師協会副会長、前全日本鍼灸マッサージ師会法制局長の三名を加えても、五名であり、過半数に満たず、公正かつ合理的な判断は期待しうる。

第三  当裁判所の判断

一  本件処分における被告の裁量について

1  法は、柔道整復師の資格を定めるとともに、その業務が適正に運用されるように規律することを目的としており(一条)、試験の受験資格として被告指定の養成施設での修業を要求している(一二条)のであるから、養成施設の指定に当たっては、その養成施設が一定の水準を備え、試験の受験資格を与え得る者を養成できるか否かを中心に判断するのが原則であると解される。

2  法令の解釈は、制定目的のほか、規定の体裁等を考慮してなされるべきであるから、法をあん摩等法と対照して考察することとする。

(一) 法制定の経緯

法は、昭和二二年一二月に法制化されたあん摩、はり、きゅう、柔道整復等営業法から、昭和四五年に分離され、単独法として制定されたものである。

(二) 法とあん摩等法との共通性

あん摩マッサージ指圧師等及び柔道整復師はいずれも医療の一翼を担う者として医療類似行為を行うことは同一であるから、あん摩等法と法とに分離された後も、数次の改正の内容、当該法律に基づく規則の内容も後記の一点を除いては同様のものとなっている。

すなわち、あん摩等法二条は、あん摩マッサージ指圧師等の免許は、学校教育法五六条の規定により大学に入学できる者で三年以上文部大臣の認定した学校又は被告の認定した養成施設であん摩マッサージ指圧師等となるのに必要な知識及び技能を習得したもので、被告が行うあん摩マッサージ指圧師等の試験に合格した者に被告が与えるとされ、あん摩マッサージ指圧師等の学校又は養成施設認定の実体的要件については、あん摩等法では後記の一点を除いて具体的な基準を定めておらず、同法を受けて制定されたあん摩マッサージ指圧師、はり師及びきゅう師に係る学校養成施設認定規則が、右学校又は養成施設の施設、設備、教員組織等について定めているのみである。

(三) あん摩等法と法との違い

右のように、あん摩マッサージ指圧師等と柔道整復師とは、その免許や試験受験資格及びその養成施設の認定・指定については、横並びの規定となっているが、あん摩マッサージ指圧師についてのみ、著しい視覚障害のある者(以下「視覚障害者」という。)に対する受験資格が特例として緩和され(あん摩等法一八条の二)、かつ、前記学校及び養成施設の認定・承認をしないことができる例外(同法一九条)が規定されている点が異なっている。

すなわち、同法一九条一項は、「当分の間、文部大臣又は厚生大臣は、あん摩マッサージ指圧師の総数のうちに視覚障害者以外の者が占める割合、あん摩マッサージ指圧師に係る学校又は養成施設において教育し、又は養成している生徒の総数のうちに視覚障害者以外の者が占める割合その他の事情を勘案して、視覚障害者であるあん摩マッサージ指圧師の生計の維持が著しく困難とならないようにするため必要があると認めるときは、あん摩マッサージ指圧師に係る学校又は養成施設で視覚障害者以外の者を教育し、又は養成するものについての第二条第一項の認定又はその生徒の定員の増加についての同条第三項の承認をしないことができる。」と特に規定しているところ、この規定の趣旨は、あん摩マッサージ指圧師の養成業への参入を自由に認めると、生計の維持が著しく困難となり、業務内容の質の低下を招き、ひいては適切な医療体制の確保に支障を生じるおそれがあるから、前記認定規則の基準を充たすものであっても、認定されない場合があることを定めたものであると解される。

ところで、法には、右のような規定は存しないから、規則の指定基準を充たす養成施設において修業した者に対し試験の受験資格を与えることで、業務内容の質の低下を防止し、適切な医療体制を確保することは可能であると考えられ、右基準が充たされる以上は、被告は原則として、養成施設の指定を行わなければならないものであると解される。

3  仮に、医療行政等の観点から、指定基準を充たすにもかかわらず例外的に指定を行わないことができる場合があるとしても、右に述べたところによれば、それは被告の広範な裁量に委ねられるものではなく、個別案件において合理的かつ具体的な理由が示されなければならないと考えられる。

そこで、次項以下において、本件処分の理由について検討する。

二  本件処分の理由第一(新設の必要性の不存在)について

柔道整復師の従事者数は、増加傾向にあるが(第二の一3(一))、柔道整復師の数が増大することは、そのサービスを受ける国民にとっては、その施術内容その他医療サービスの内容等により、柔道整復師を選択できることとなり、国民にとって利益になることはあっても、不利益にはならないものである。

ところが、平成八年末時点における人口一〇万人に対する柔道整復師の数は、全国平均で22.4人であるのに対し、福岡県では14.1人であり、福岡県以外の九州各県、中国地方全県及び四国地方の一部の県についても、人口一〇万人に対する柔道整復師の数は、いずれも全国平均を大きく下回っている。

また、既存の養成施設は九州、中国、四国地方には一校もなく、このことが右の一要因になっていると考えられる。

本件施設の定員との関係について検討すると、平成九年度の試験受験者数は一二九六人、合格者数は一一三七人、合格率は87.7パーセントであり、平成五年度から同九年度までの年平均合格率は、86.46パーセントであるところ、原告主張のとおり、本件施設の定員が一二〇名であるとすると、平成九年度の試験受験者数は一四一六名となるが、右人数が受験したと仮定して、合格率を右年平均合格率86.46パーセントとして計算すると、合格者は一二二四名となる。この場合、不合格者数は平成九年度のそれよりも三三名増加するに過ぎない。

ところで、人口一〇万人に対する柔道整復師従事者数が全国平均を上回っている地域において、柔道整復師の経営の著しい不安定化、施術の低下の招来、適切な医療体制への支障が発生したとの事実は本件全証拠によるも認められないし、全国的にも柔道整復師が過剰、過当競争の状態にあると認めるに足りる証拠もない。また、柔道整復師数と整形外科医数との間の相関関係を認めるに足りる証拠も存しない。

したがって、柔道整復師数を増加させるべきか否かの点につき、当該地域の整形外科医数を考慮しなければならないということはできないし、柔道整復師数は増加していることが認められるものの、全国的に柔道整復師数が過剰な状況にあると認めることもできず、特に福岡県を含む、九州、中国地方及び四国地方の一部では、柔道整復師の供給が全国平均水準を下回り、不足していることが認められるのであるから、本件処分の理由第一の、養成施設を新たに設置する必要性がないとの判断は、その根拠が薄弱なものであるといわざるを得ない。

三  本件処分の理由第二(本件審議会の意見)について

本件審議会の権限は、被告の諮問に応じ、重要事項を調査審議することにある(法二五条)から、被告は、養成施設の指定をするに当たっては、本件審議会の意見に拘束されることなく判断することができるものであるところ、福岡県知事の意見書に添付された社団法人福岡県柔道整復師会の意見は、理由根拠を示すことなく、単に「社団法人福岡県柔道整復師会は反対します」と示されているのみであり、他方、原告は、第二次申請において、全国柔整鍼灸協同組合九州支部長、同組合理事長、JB日本接骨師会の各同意書を添付して申請したものである。

また、公正取引委員会事務総局経済取引局総務課長から、平成九年七月七日付けで、厚生省健康政策局総務課長宛に、養成施設の指定に係る被告の指定の運用については、競争政策の観点から極めて問題であるので、このような運用を今後行わないよう強く要請する旨の書面が出されたところ、右書面(乙五)には、養成施設の指定に係る厚生省の運用は、法令に具体的な根拠のない需給調整であり、養成施設への新規参入を不当に制限するものであるとともに、右需給調整の結果、昭和四六年以来養成施設への新規参入が全くないため、養成施設のみならず、柔道整復師自体について著しい地域的偏在が生じており、柔道整復の利用者のニーズに応えるものとなっていないなど、競争政策の観点からは極めて問題である旨記載されている。

そもそも、公正かつ自由な競争を維持・促進するためには、参入・退出の自由が保障されている必要があるから、行政機関は、法令に具体的な規定がない参入・退出に関する行政指導により公正かつ自由な競争が制限され、又は阻害され、独占禁止法との関係において問題を生じさせるおそれが生じないよう十分留意すべきである。

右によると、本件審議会の意見は問題をはらむものであって、被告はこれに拘束されるものではなく、これを尊重すべきものでもないというべきである。

四 以上によると、規則に規定されている指定基準が充たされている以上、被告において裁量の余地はなく、被告は、本件施設を養成施設に指定しなければならなかったものである。仮に、裁量の余地があったとしても、それは前記のとおり小さなものであり、被告の裁量権の行使には逸脱があったというべきである。したがって、本件処分は違法であり、取り消されるべきものである。

五  よって、本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官古賀寛 裁判官金光健二 裁判官秋本昌彦)

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